Category: repertorio

Desencuentroデセンクエントロ(破局)

Aníbal Troilo

画像:Wikipedia「Aníbal Troilo」より

1960年、アニバル・トロイロ作曲、カトゥロ・カスティージョ作詞。
1951年に亡くったエンリケ・サントス・ディセポロの劇「Caramelos Surtidos」の再演のために新たに書き下ろされました。曲調や歌詞の内容もディセポロの作風を模した、辛辣で厭世的なものになっています。
「おまえは方角を見失い、何もわからず、どのバスに乗ればいいかさえわからない。信念との破局を迎えた最中では、海を渡ろうと望んでも不可能だ・・・おまえの助けた蜘蛛がおまえを刺す・・・神がおまえに差し伸べた愛の手をカーニバルの行列がわめきながら踏みつけていく・・・だからおまえの人生は完全な挫折で、命を絶とうとしたピストルの最後の一発さえ失敗するのだ」

※タンゴ・グレリオでは歌手との共演で演奏しています。

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Adiós pampa mía アディオス・パンパ・ミア(さらば草原よ)

画像:Wikipedia「パンパ」より

画像:Wikipedia「Mariano Mores」より


1945年、マリアーノ・モーレス(Mariano Mores)作曲、イボ・ペライ(Ivo Pelay)作詞。

ミュージカル・コメディ「パリのタンゴ」(El tango en Paris)の挿入歌として作曲されました。ガウチョ(牧童)の舞曲であるマランボの雰囲気も取り入れてあり、大草原(パンパ)のフォルクローレをイメージした作品です。発表後すぐに空前のヒット曲となり各国で長く親しまれているタンゴの一つです。

見知らぬ土地を目指して故郷を離れるが、心は常にこの草原を忘れない・・・という内容の歌詞は国や世代を超えて共感を呼ぶといえるでしょう。
「さらば草原よ。私は旅立つ。私は見知らぬ土地に旅立つ。さらば巡り歩いた道よ、川よ、山よ、谷よ・・・私はここに命を残していく。さらば!」

※タンゴ・グレリオは歌手との共演で演奏します。

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La última curda ラ・ウルティマ・クルダ(最後の酔い)

Aníbal Troilo

画像:Wikipedia「Aníbal Troilo」より

1956年、アニバル・トロイロ作曲、カトゥロ・カステージョ作詞。
「curda」とはルンファルド(ブエノスアイレスの俗語)で「酔い」の意味。酔漢がバンドネオンに語りかけながら我が身の不幸を呪うといういかにもタンゴ的な歌詞ですが、高踏的とさえいえる比喩を多用した難解な内容でメロディも複雑。歌手の力量と表現力の問われる名曲です。

『バンドネオンよ!お前のやくざなしわがれ声の悪態は俺の心を痛めつける・・・だがこの古い恋が、バンドネオンを震えさせ、気を紛らわす酒を求めさせるのだ。心に幕を下ろし、最後には芝居を終わらせてくれる酔いを・・・アルコールの背後にある、常にどんよりとした「忘却の国」から俺はやって来たんだよ』

※タンゴ・グレリオでは歌手との共演で演奏しています。

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Balada para un loco(ロコへのバラード)

アストル・ピアソラ

画像:Wikipedia「アストル・ピアソラ」より

1969年、アストル・ピアソラ作曲、オラシオ・フェレール作詞。ピアソラとフェレールは共同で優れたタンゴ歌曲をいくつも生み出していますが、その中でも最もヒットした作品。シュールレアリズム的な難解な詩ながら、ブエノスアイレス歌謡フェスティバルで2位を獲得しています。

ロコ(Loco)とは狂人の意味ですが、スペイン語では「すばらしい」「夢中になっている」など肯定的な意味でもとられます。
そしてフェレールの幻想的な詩の中の「ロコ」はあまりにも超現実的な存在。頭にメロンをかぶり、裸にシャツの模様を書き、手にはタクシーの旗を持った珍妙な姿で、「さあおいで、踊ろう!飛ぼう!」と高らかに歌い上げる彼は、愛と自由の象徴的存在なのかもしれません。

ちなみにこの作品の冒頭は3拍子のリズムですが、ピアソラは意外なことに3拍子の曲は「チキリン・デ・バチン」「4分の3拍子で」など、この曲を含めても数えるほどしか残していません。

※タンゴ・グレリオでは歌手との共演で演奏しています。

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Milonga tristeミロンガ・トリステ(悲しきミロンガ)

画像:Wikipedia「パンパ」より

1937年、セバスティアン・ピアナ作曲、オメロ・マンシ作詞。
ミロンガはアルゼンチン、ウルグアイのラ・プラタ川流域発祥のフォルクローレで、大草原(パンパ)に暮らすガウチョ(牧童)たちの抒情歌謡でした。ミロンガは後にブエノスアイレスの下町に伝わり軽快なリズムとなって、タンゴのルーツの一つとなりましたが、S.ピアナはこの古い大草原のフォルクローレの雰囲気をこの作品で再現しています。

エプロンと黒いおさげ髪の愛らしい娘・・・しかし心から愛した君はやがて命を落とし・・・という恋人を失った果てしない孤独を歌い上げる痛切な歌詞がついています。

『愛してしまった悲しみ、小道に残る君のはにかみ。この道でもう君に会えない悲しみ。墓地の静けさ、星々の孤独。エプロンと黒いおさげ髪の想い出は私を苦しめる・・・ああ!
私は死の道を帰ってきた。たどりつけずに帰ってきた。愛しい君の名前を叫び、泣くとも知らず泣いた・・・』

※タンゴ・グレリオはトリオ編成で演奏します。

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Zita~Suite Troileana(シータ『トロイロ組曲』より)

アストル・ピアソラ

画像:Wikipedia「アストル・ピアソラ」より

1975年、アストル・ピアソラ(Astor Piazzolla)作曲。

アニバル・トロイロは1937年に自らの楽団を結成して以来、史上最高の楽団と称えられ、タンゴの第2期黄金時代を支えたバンドネオン奏者・作曲家です。ピアソラは18歳の時に当時最先端だったトロイロ楽団に入団、39~44年にかけて在籍していましたが、音楽上の意見の相違から脱退。ピアソラ自身は「私がアレンジをまかされて200の音を書けば、トロイロは100の音を消してしまった」とも語っていますが、脱退後もよき理解者、よき友人としてトロイロとピアソラとの交流は続き、最後まで敬愛の念を忘れなかったようです。

1975年にトロイロが亡くなった数日後、ピアソラは「トロイロ組曲」を作曲。この曲は4つの曲からなり、「バンドネオン」「シータ」「ウィスキー」「ばくち」というトロイロの愛した4つのものを表現しています。(タンゴ・グレリオは「バンドネオン」「シータ」を演奏)。ある日ライブハウスでピアソラがこの曲を演奏していた時、故トロイロ夫人シータがやってきて、トロイロの使っていたバンドネオンを形見に手渡したそうです。

※タンゴ・グレリオ第2弾CD「EPOCA PIAZZOLLANA~ピアソラの時代」収録曲

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Oblivionオブリビオン(忘却)

アストル・ピアソラ

画像:Wikipedia「アストル・ピアソラ」より

アストル・ピアソラ(Astor Piazzolla)作曲。

1984年の映画「エンリコ四世」という映画のため作曲されました。バンドネオン、オーボエ、トロンボーンなどいくつかのバージョンがあります。また同じ映画で「アベマリア(Tanti Anni Prima)」も使用されています。

映画のストーリーは落馬事故で頭を打ち、自分が皇帝エンリコ四世だと思い込んで古城で暮らす男を主人公にしたもの。マルチェロ・マストロヤンニ主演、音楽をピアソラが担当という豪華なものでしたが、当時は日本未公開で、近年までなかなか映像を見ることができませんでした。
タイトルが物語るように、甘美なメロディながら、どこかはかない雰囲気のこの曲は、狂気と正気の交錯するこの映画の雰囲気にも合っています。

ピアソラ作品の中でも人気が高いものの一つで、クラシック奏者にも好んで演奏されています。またピアソラと何度も共演している歌手ミルヴァの歌うフランス語の歌詞のついたバージョンも存在しています。

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Por Una Cabezaポル・ウナ・カベサ(首の差で)

画像:wikipedia「ポル・ウナ・カベサ」より

タンゴ・バー1935年、カルロス・ガルデル(Carlos Gardel)作曲、アルフレド・レ・ペラ(Alfredo Le Pera)作詞。

ガルデルの主演映画「タンゴ・バー」の挿入歌として作曲されました。(この映画の主題歌はArrebal Amargo
タイトルは競馬用語で「首の差でレースに負けてしまった」というような意味ですが、そこに引っかけて一人の女をめぐる恋のさや当てに敗れた男の気持ちが歌われています。
ガルデルは楽譜を書けなかったため、深夜にこの曲のアイデアがひらめいたとき、電話で映画の音楽監督をたたき起こしてメロディを書き留めさせたというエピソードが残っています。

アルゼンチンタンゴを代表する名曲の一つのため、映画で使われた例も多く、アル・パチーノ主演の「セント・オブ・ウーマン」でのダンス・シーンが有名です。シンドラーのリストでもドイツ人将校たちのパーティーのシーンで印象的に使われていました。ちょっと変わったところでは映画「トゥルー・ライズ」でもアーノルド・シュワルツェネッガーがこの曲で少し踊っています。

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Ausencias(不在)

アストル・ピアソラ

画像:Wikipedia「アストル・ピアソラ」より

1985年の映画『ガルデルの亡命』の挿入曲としてアストル・ピアソラ(Astor Piazzolla)が作曲。

『ガルデルの亡命(El exilio de Gardel)』はフェルナンド・E・ソラナス監督のアルゼンチン・フランス合作映画。軍事政権時代にアルゼンチンを逃れてパリに亡命していた人々の望郷の想いと葛藤を描いています。主人公たちは「ガルデルの亡命」というタイトルの演劇を上演することを目指すが・・・というストーリー。1976年~1983年の軍事政権時代はアルゼンチンの文化に暗い影を落とし、音楽家、作家などの亡命があいつぎました。

映画で使用されている音楽はピアソラが担当。ピアソラは同じソラナス監督の「スール その先は…愛」「ラテンアメリカ 光と影の詩」にも楽曲を提供しています。

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Historia del Tango(タンゴの歴史)

アストル・ピアソラ

画像:Wikipedia「アストル・ピアソラ」より

アストル・ピアソラ(Astor Piazzolla)作曲。ベルギーのリエージュ国際ギターフェスティバルのために作曲、1985年にマルク・グローウェルズ(フルート)とギー・ルコフスキー(ギター)によって初演されました。
「ボルデル1900」、「カフェ1930」、「ナイトクラブ1960」、「現代のコンサート」の曲からなり、タンゴの時代による変遷と未来へ向かっていくさまを表現しています。ただし、あくまでそれぞれの時代のイメージのため、直接的にその時代のタンゴの作風を模写しているわけではありません。ギターとフルートのために作曲された組曲ですが、この編成はタンゴのもっとも古い演奏スタイルと言われており、ピアソラが意図的にこのような編成にしたことは容易に想像できます。

現在はバイオリンやピアノなど様々な編成で演奏されていますが、タンゴ・グレリオは「ボルデル1900」と「カフェ1930」をバンドネオン&ギターで演奏しています。
「ボルデル1900」はタンゴ黎明期の場末の酒場・娼館での陽気な演奏をイメージしています。この時代はタンゴは下層階級の流しの音楽で、前述のようにギター、バイオリン、フルート、クラリネットなどで夜な夜な安酒場などで演奏されていたようです。
「カフェ1930」はタンゴが上流階級にも受け入れられ、街中のカフェ、ダンスホール、劇場での演奏の機会が多くなっていた時代をイメージ。タンゴのメロディも単純なものから、「歌心」や「哀愁」「ロマン」と言った要素が強くなり、この時代のタンゴは音楽的にもさらに洗練されていきます。

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